山田宏杉並区長、中田宏前横浜市長らが18日、新党「日本創新党」を結成した。党首に山田氏、代表幹事に中田氏、政策委員長に斉藤弘前山形県知事が就任した。この「日本創新党」の結成理念や基本目標、政策指針などは各紙に報じられている。「みんなの党」「・・・・日本」「日本・・・」「・・・大阪」「・・・改革」などなど、夏の参院選までにあといくつ新党は立ち上がるのか? 「みんなの党」代表の渡辺氏が自分達は屋台のラーメン屋の様なものだが、屋台は多ければ 多い程良いという発言もおもしろい。
今から17年前の1993年6月23日、自民党を飛び出した羽田孜と小沢一郎は政治改革の名のもと同志44人(衆36人、参8人)と共に新党を結成した。党名は羽田孜氏(党首)に一任された。羽田氏は初当選以来、論語の出典による「温故知新」から「温故創新」を好んで色紙に書いた。「温故創新」でなく「温故知新」ではないかと質す人もあったが、羽田氏はその都度、悠然と『そうではない。故をたずねて新しきを創る。これこそが自分達が目指す政治だ』と胸を張って語っていた。羽田、小沢の新党名の発表2時間前、羽田氏は当然の様に「創新党」を提唱、皆もそれを追認しようかという時、「待った孜ちゃん」と発声したのは同期の渡部恒三氏であった。「一晩考えて決めた孜ちゃんには悪いが、どうもゴロが悪い。それに漢字が思い出せない人も多いだろう。何よりも悪いのは創価学会を連想させてしまうことだ。もう一度皆で考えてみてくれ」と諭した。それではということで急遽、党名選びになったが、「人間党」「自由新党」「新生党」などなど、百家争鳴の中から選ばれ、党名は一票差で「自由新党」と決った。羽田氏らは直ちに事務局に命じ、自治省に問い合せさせた。しかし、「自由新党」は政治団体としてすでに登録済みなためアウト。結果、2位の「新生党」が新党名として決定された。
自民の一党支配から17年、今やその沈みかけた自民から逃げるわ、逃げるわ。ラーメン屋台政党を最後に束ねるのは果して誰か、興味は尽きない。
[カテゴリ別]
[月別]
[検索]








コメントありがとう