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拝啓 小沢一郎様 ③

小沢氏は、政治家生活の中でもっとも厳しかった自由党時代、巨大宗教団体である創価学会が公明党に支援した800万票に勝るとも劣らない得票をたった一人でかき集めました。小沢氏には熱狂的な支持者が全国に散在しているからです。そうした支援者の期待に応えるためにも自分の美学に陶酔していないで自己改革に取組むべきです。  小沢氏は、1969年(昭和44年)若干27歳の若さで衆議院議員に初当選したときの初心に立ち返り、真の小沢一郎の姿を謙虚に丁寧に真面目に正直に示すことです。小沢一郎という政治家は稀有な存在なのです。明治以来、選ばれた少数の政治家のみが後世の史家によって語り伝えられてきましたが、小沢氏のように『日本の興亡』という観点から是・非を論じられている政治家は数少ないと思います。  小沢に権力を持たせれば日本は“滅びる”とか、小沢にしか衰亡した今の日本を“興す”ことは出来ないとか“興”と“亡”の分岐点の中で政治家としての価値観を論じられている人は稀だと思います。 小沢氏は日本政治のリードオフマンとして “チェンジ”し続けなければならない義務と責任と宿命を背負っています。だからこそ、この7月の参議院選挙に向けて“初心忘るべからず”と一言、苦言を呈しておく次第です。

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小沢一郎 嫌われる伝説Link

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拝啓 小沢一郎様 ②

 昨今の小沢幹事長は、検察特捜部による狙い撃ちともいえる執念の“小沢追い落とし”捜査と、政治捜査に便乗する“狂気”ともいえる小沢ネガティブキャンペーンにあい、常人であれば“神経”を侵され兼ねない状態に晒され、言動も粗雑さが目立つようになりました。小沢氏にしてみれば、「自分は法令に違反するような行為は一切ない」という確信とのジレンマの中で葛藤しているのでしょうが、党内外からは小沢氏の傲顔、傲慢、独断専行の病気がまた始ったと、批判に晒されています。

 小沢氏は「自分は変わる」と民主党両議院総会の舞台から全国民に向けて宣言したのです。男児たるもの天下に「先ず私自身が変わらなければならない」と声明した以上、どんなにか苦しい、厳しい、そして嫌な状況に置かれたとしても、二言はないはずです。小沢幹事長が公約する「国民の生活が第一」の政策を鳩山政権下で着実に実行していくためには小沢幹事長の豪腕は不可欠です。

 その目的達成のためにも「政治とカネ」の問題については全国行脚の際、また国会においても、記者会見の場でも、国民大衆が納得するまで何度でも何百回でも、相手が根負けするまで懇切、丁寧に説明責任を果し、自己を日本人文化に融合させることです。小沢一郎という政治家を傲慢に、かつ我侭にしている原因は、「自分は総理にはならない」「国民は自分のようなタイプの政治家を総理として認めない」と自己嫌悪ともいえる思い込みが小沢氏の本来のサービス精神を怠惰にさせ、その隙を検察官僚に突かれ、マスメディアや月刊誌の“餌食”となっているのです。

 もっともマスコミも商業主義ですから、鳩山首相や谷垣自民党総裁の「批判特集」を組んでも視聴者や読者が関心を示さない。“本”も買いに行ってくれない。“敵役”は何といっても小沢一郎と“選ばれた男”でもあるのです。存在感があるからこそ、パパラッチに過去20年間も追い駆けられている小沢氏とマスメディアは奇妙な愛憎関係にあり、小沢氏自身の偽悪趣味もあってか、お互いに楽しんでいる節もあるようです。

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